光岡自動車横野工場襲撃オフ  

平成19年6月15日

 

 

MC−1の誕生の地、富山の光岡自動車横野工場へ里帰りを行うために
光岡本社襲撃オフを開催しました。

訪問日を6月15日と決めて、各方面から集合です。

奈良組は14日の早朝にサスライ号が単独出発、
昼から私とMCさんが乗用車+トレーラー
(サンダーバード2号※あとでわかります)で正午に出発。

天候はぐずついていましたが、気温が低かったので熱だれの影響も少なく、
サスライ号は15時に到着、私も18時前に到着して、
その日は駅前で食事の後に健康ランドへ宿泊して翌日に備えます。

15日 0時に大阪よりYATさんが出発 
それより先に愛知より先頭の雨蛙さんが出発。
いっせき堂さんとちゃぴぃさんも順に合流して、岐阜の山を越えて来ます。

どちらの組も予定より早く到着しましたので愛知組と
茨城より乗用車で参加のWNBさんは
午前7時頃。横野工場に立ち寄った後
奈良組の宿泊地の健康ランドに集合後、
9時過ぎにYATさんと合流の打合せをして、全員が8時30分過ぎに
横野工場へ向けて出発しました。

前日泊の私は交通の流れを掴んでいたので、
信号待ちで捕まっているMC−1軍団とWNBさんをパスして
先に横野工場に向かいます。

追い付いて来たWNBさんと横野工場の入り口で待っていると、
国際救助隊出動の要請が・・・・・・・・

チャンバーパワーに物を言わせ突っ走る
ピョン太号とサスライ号に追いつくために
全開走行中のいっせき堂号がエンジントラブル!!

いっせき堂号を救出の後、丁度YATさんも通りかかったので合流して、
サンダーバード2号※を先頭に横野工場へ向かいます。

助手席のいっせき堂さん、えらい落ち込んどりましたな〜!!
でも、あの2台について行くのは無謀です。w

MC−1(マイクロカー)の誕生の地

光岡自動車、横野工場に到着です。

いままで、里帰りしたマイクロカーは無くて
我々が始めての帰郷になります。

ま〜 自走で300`以上走って行こうとは誰も考えませんし、
光岡自動車さんも、「まさか!」の出来事ですものね!

そういう意味ではD−speedメンバーは特殊です。(爆

 

 

 

横野工場に到着しますと、マイクロ課の松浦さんが出迎えてくださいり、まずは説明をと言うことで会議室に案内されました。
そこへ光岡会長も入って来られ、座談会形式でお話が始まりました。

まず、会長からご挨拶をいただいた後、マイクロカーの開発、販売にまつわる苦労話をお聞きしました。
いろんな事があったようですね。 
※詳細は雨蛙さんがビデオカメラを使って全会話を録音してくれていますので、宣伝部長のどつさんに送って文字にしてもらいましょう!

その後、各人の自己紹介を行った後、K4の販拡のお話とDVDを視聴し工場内見学に・・・・・・・

裏話・・・・・・我々の訪問が決定したときに、会長がメモに日時を記載されて、訪問を楽しみにしておられた様です。(松浦さん談

会長の談話内容をどつさんにDVDから起こしていただきました。

・・・・・・・・「最初にね、大阪のオークションに言ったときにね、えっと、イタリア製かなにかの3輪車を乗っておる人
がおられて・・小さなナンバーが付いていて。やっぱり小さい車っていうのはものすごい可愛いんで、
え〜こんな車が日本でもナンバーが付いているの乗れるんかいなと、ビックリしておっかけてったのが
最初の、あのいきさつですね。

でー、その人捕まえて聞いてみたら、同業者さんでしたけど、いやー、オジサン、これ125やけど、
125のバイクや言うて1人でナンバー取ってきたと。これじゃあどうもならんぞと。

 富山帰ってきましてから、市役所とか陸運事務所に聞きましたけど、やっぱよく分からないんで・・・・
名古屋の陸運局かけてもよく分からないと。

さすが霞ヶ関かけましたら、あ〜光岡さんこれは大丈夫ですよ、原動機付き2輪車、50cc以下で
えっと2輪またはその他のものと・・・なってですね、こいつは難しいなと(笑

その他のものというのは?、そりゃ光岡さん3輪も4輪もあるでしょ?という考え方でして、
あ、じゃあ、3輪4輪作るってナンバーあたるのかと言うたら、あー、あたりますって言うて。

そうか〜!判った!そんなら作るわ!というのが今で・・考えたんですけど、その時にですね、
こんどは「光岡さんエンジンから作るんですか?」って言われて、いやーエンジンはホンダさんのを
使いますと。

だったら、ホンダさんの自動会または光岡さん、その辺はどうかな?っていう話があったんですが、その
後ですね、えっと通産省の方へ行けと言われました。

で、通産省へ〜行ったら、メーカーというのはその履歴というか作ったものを全部報告する義務がありま
すと・・・。でー、通産へ行った最後に行きましたら、今度は光岡さん、それ作れるけどまあ、ホンダさん
さえ了解すれば、大丈夫だとは思いますけど・・・

あ〜、そうそう。通産省はスゴイんですよ。

あの市販された、あのスクーターをそのまま利用したって別に違反にならないっていう・・・
一回市販したモノはホンダさんの了解は要りません。っていう。
あ〜、じゃあ直ぐに作れるって言ったら帰りに「まあ、光岡さんまてよと・・」しかし事故を起きたら
型式認定が無いから光岡さんとこがすべて不利になって、あんた会社つぶしてもええが?
じゃあ作るこっちゃ。」というまあ脅し文句を多少受けてですね、それから2週間悩んで・・・。

たまたま会社に出入りしてた保険屋さんが私の前をウロウロしとったから、保険っていう手があるな・・と。

で、保険屋さんに聞いたら確かに生産保険っていうのがありますと、でー、じゃあオレんとこ直ぐに入れる
かい?じゃあ、入らしてくれ言うたら、「いやー、光岡さんとこメーカーでもないし、それはちょっと無理だ」
っていうんで、じゃあ、ほんじゃあ保険屋さん3つあったんですけど、最終的に安田火災さん。今は損保
ジャパンになっとんのかな?あそこ安田火災さんだけは光岡さんちょっと面白いもんでやってみようかと
なって、で、そこの専務さんがまあ直々に左うちわでやってくれたのがきっかけで、作るきっかけが出来
ました。

 で、最初はねぇシャトルつうもん作って、えっとタケオカさんとボデェ作ること知らないモンだからシャーシー
を作ってそれからボデェはタケオカさんとこ一緒に共同で作って発表会したらねぇ、なんかわ〜〜ってきてね。
じゃぁ、そんじゃタケオカさんとこと同じとこで作らせてくれよと言う、まあ販売専門だぎゃ、と強引にとにかく、
はは、まあ、年の功と私が子供頃模型倶楽部の会長しとったりしてたんでねタケオカさんが。

 そう言う関係でね何とも言えん圧力というか、はは、それはそれで、そこはね、まあ私より先輩だし言葉
にこそナカナカ出来なくて、だから俺ら作りたいから作っとんのであって、タケオカさん口に濁したから我々
で作って販売しますよって言って、念を押してそれからがイロイロあって。

 シャトルも55台作って、まあタケオカさんと、まあ、55台は販売しました。

そういう事があってですね、それから4輪車は物品税がかかるからっていって税務署が国税局が来て
物品税払えと言うし、そう言うことも我々は知らないし、いや〜、それは普通車でしょ、これは原付で、
でも物品税ですか?言うたら、「いや、4輪車はすべてだ」って言う。そん時は17.5%の物品税を
払ったのかな。

 ですからこれはシャトルで、あの身体障害者の方も乗っ取るからと強引にねじ込んで、勘弁はして
もらいましたけど、それで55台で止めたというのがありました。
 日本の場合、法律が縦にも横にも引いてあってですね、もう何をしてもどっか網に引っかかってしまう
んですねぇ。

それから3輪にしたですよ。それで、501というのを作ったという・・。物品税が無いと。

それで経過からいうと501がですね、当たってですね(笑、それで月に1台でもつくってりゃ楽しいわなぁ
と言ってですね、今の生産部長の山森ちゃんと、荒木君の整備やってる子と、3人で作ってたんですけど。
結局それが月100台以上も注文が来てですね、もう〜工場を買い取ったけどテンヤワンヤだしこの地面5
000坪を買ったのがまあ始まりで、まあ、それからが色んな事が(苦笑い)。
さんざんな目に遭いましたけれども、ところがねぇ、えー、失敗して最終的にもう、会社の社長クビになるか
どうかの瀬戸際まで行ってしまって、もう、お母ちゃんのほうが三行半でもう、会社社長辞めるか、
もう開発部を解散するかどっちかにしてくれって言われて、一時。開発部解散して。

 でー、そん時にアメリカ行ったりして、もう、SSKとか色んなキットカーをですねアレをやってみたら
日本でも売れて、昔商売してたんですけど。それでキットカーというのが頭に残ってて1つ有ったのと、
あのーマイクロカーで失敗したんで、いつかは自分たちでエンジンまで作るぞという野心があって
それから10年ぐらい経って、まあだいぶ体力が、ビュートとかガリューとかゼロワンで割合に当たって、
まあ体力もついたんでそれで思い切ってよし!今度はエンジンまでやるぞと言うことで、あのエンジン
まで作ったというのがこのMC−1なんですね。

 思い入れは有ったんですけどねぇ、まあ結果的にはなかなか今商売的には上手くいかなくて、
いまーマイクロの本部長でもある松浦君にお願いしてやってもろうとるけど、苦労しております。

 夜中まで働いてはおるけど、給料は安いがの、ナカナカたくさん売れてくれんがの、今もシッチャカメッチ
ャカでやってます。

まあ、こっちは普通車のほうは、まあ、ビュートとかガリューは売り上げになってきてくれているのですけ
ど、まあ、ソコソコの商売になってくれているんですけど。

 それとやっぱり、我々メーカーがもっと上手くやろうというと世の中は、もう売れ筋がトヨタさんだろうが
ホンダさんだろうが押さえてますんで、我々作るとすれば一番小さいものか大きいものかでないと
行く戦いの場がないんですね。
 
 で、大蛇作ったのはまあ、マイクロカーとはもう対照的にですねぇ、まあ絶対にどこのメーカーも
作ってないものを一つ、作っていないデザイン、でそれをもう、まあ、、、ちっちゃな子供とかじーちゃん、
ばーちゃんが見てもびっくりするような存在感。はい。で、ダレもが乗れるソコソコのやり手のオッカチャンでも
パッと運転出来るような乗り易さという考え方に沿って大蛇というのは作りました。

 まあ、今50台ほど売れて、いま、今度はまあ販売活動せねばいかんのだけど50台が国内でどれだけ
売れるのかというと、まあ海外の方が多いので、まあそういう状態なんですけど・・

で、マイクロカーの方も、もうこれで終わりではないんで、まあ、松浦の方もまだ発表は出来ませんが、
いろんな面白いアイディアがあって・・・正直、ここに来られた皆さんが欲しいくなるようなものもやっぱり、
世に早くでるかもしれませんが・・。

一つ宜しくお願い致します。

 

次に工場内見学です。
松浦さんの先導で工場内見学です。
会長がこの会社を始めるにあたり、
8000m2の土地を購入されたのが、
いまや数棟の建物がある立派な工場となっています。

相当広いですよ! 町工場のレベルではありません!!

雑談を交えながら楽しく見学しています。

松浦さんて気さくな方ですね〜

外装の製造ラインです。 ボディパーツの取付、修正を行い
塗装をしていました。
こちらも隣にあるラインです。
一台一台、職人さんの手により作業が行われています。
ここがマイクロカー関連の部屋です。

以前は、他の建物が割り当てられていたのですが、そこが
大蛇と特装車の建物となったために、引っ越してきたそうです。

上下のフロアーをうまく使って奇麗にパーツ類が整理されています。

手前に移っている大きな箱にはマフラーが収まっていました。
外国のメーカより納入されているようです。

丁度修正の終わったK4のボディパーツの梱包作業中でした。
こちらも社員の方が一つずつ点検を行い、
箱も一から組み立てて丁寧に梱包しておられます。

たいへんですな〜

配送先を見ると、どつさんのK4コーナーに出てくる
摺上観光さん宛てではありませんか!

偶然といえどもすごいタイミングですね?

写真には少ししか写っていませんが、
横に、もう一セット梱包されています。

こちらでは普通車関係のFRPのボティ製作が行われています。

数人の職人さんにより、一つずつ手作業で造られているんですね〜

最終の仕上げと点検が行われているたてものです。

各ラインで完成された物をもう一度持込み
再度点検や修正を行っていました。

ビュートも職人さん2人掛かりで、
汗をかきながら磨いておられました。

外には完成車と中古車が止められており、
発送を待つ状態です。

 

 

いよいよお待たせのマイクロカー関連の建物です。
今はマイクロカーと大蛇の開発室になっている
我流庵に向かいます。

途中、試作品と思われるMC−1が止められていました。

黄色いのは外装パーツをいろいろ取り付けて遊んでいます。

この黒いのはMC−1は荷物の積載スペースが小さいので
会長の指示で市販のコンテナを容易に積めるスペースを設けた
車両を造ることになり、完成した試作品です。

積載スペースが大きくなった分、
ホイルべースが10pほど長くなっていました。

サスライさんがえらく気に入って、
販売出来るならば是非にと交渉していました。

もう一つ、我流庵の前にとめられている、
バギー風のMC−1とタイプF(K3?)です。

バギー風のは試作で造って、
一時さいたまのショールームにも展示されていた物です。

ここでも、ちゃぴぃさんが気に入って、是非、売ってくれと交渉していました。

後日、会議で検討して販売するかも知れないとの返事を取りつけました。

楽しみですな〜

ここで皆様のお楽しみの裏話のひとつを・・・・・・・・

8月で排ガス規制の関係で2サイクルエンジンの販売が終了しますが、そのあとの車両(エンジン)はどうなるのか?

 ここからは、私が勝手に喋り、マイクロ課の方からもお答え出来ませんと返事をいただいた内容ですので、
あくまでも私の一人言です。

 2ストのかわりに4ストのエンジンを搭載した次期マイクロカー(MC−1)ですが、現行の2ストエンジンの開発費が
1億円を超えていた上、今の販売状況からすると、とても4ストエンジンを一から開発することは不可能だと思います。

 そこで、各社のスクーターに搭載されている、50cc4ストエンジン(インジェクションタイプ)を使って、
デフを昔のBUBU(今のタケオカアビーも同じ)のようにドッキングさせると、容易に搭載できます。

 また、ドッキングの際のデフもBUBU車両で実績もあり、それほど大きな変更もなく取りつけ出来るはずです。
 ただし、幾分エンジン寸法が大きくなるので(特に上方向)、多少のボディ変更が必要になりますが、
ちょうどMC−1関係のボディ型も傷んでいて、修正手間も多く掛かるとの話がありましたので、つくり変えるには
良いタイミングなのかも知れません。

 ここで何処のメーカーのスクーターエンジンを使うかですが、各社インジェクションタイプを販売していますし、
個性も違いますが、 MC−1のエンジンを見てみると各部にホンダのパーツが流用されています。
 しかし、クランクベアリングなどの負荷の大きな所は、ホンダ車の耐久性の低いベアリングを使用せずに
標準品の耐久性のある物を使用しています。 (MC−1エンジンが強いのもこういう所の設計が良いからです。)
 ここが難しいところです。エンジン購入を容易にするには、ホンダが一番です。
 しかし、耐久性が低い可能性もあるし、MC−1だけのためにエンジンを補強することはしてくれない 

 スクーターエンジンでもヤマハのジョクなどはホンダのディオと比較されますが、やはり耐久性が上ですが、購入の交渉が大変!! 
でも、トヨタ系列なので筋を通せば販売の可能性も有り・・・・・・・・w  スズキも同じようなものですね? ああ〜むずかいしいですね〜

それでも、次のMC−1はこの市販スクーターエンジン+デフ別体形しか無いと断言します。(ひとりごとですよ!

 開発も我流庵の中を覗かせてもらえなかったので、逆に言えば進んでいるはずです。
 だって、撮影こそできませんでしたが、大蛇や特装車の建物も見学できましたし、実際に大蛇のフレームにも触れ、
実験車両もいくつも見せてもらえましたから、いまさら我流庵の中を秘密にする必要がないのに、見せてもらえなかった・・・・・・・

 これはもう、次期の車両がある程度(ほぼ)開発されて、そこにあると見て間違いありません。!!!

そんなことで、秋に早くも新型が発表されるかもしれませんが・・・・・・・・・・・・・ 未定にしといてください。(爆

 

 

 

一通り工場内見学もおわり、雑談をしながら駐車場へ移動してきます。

ここで、チューニングMC−1をマイクロ課の方々に
試乗していただく事になりました。

まずは、ちゃぴぃさんのミツオ君からですが、
天井に接地されたオーディオ機器と額が接触し
試乗どころではない様子でしたが、
それでも速さは体感してもらえました。

続いてピョン太号とサスライ号、YAT号と順番に試乗してもらえました。

いっせき堂号は残念ながら抱きつきのキズが
癒えていないので、おあずけです。w

チャンバーチューンのMC−1の速さには
皆さんビックリされていましたが、当日は長距離仕様なので、
究極の街乗乗り仕様の速さは体験してもらえませんでした。(残念!

試乗と、チューニング談義が続きます。  
そのご、お昼になりましたので、お弁当をいただきました。

ごちそうさまでした。!

 

 

 

 

 

昼食も終わり部品購入と修理の開始です。

以前から燃料漏れしていた、ちゃぴぃ号の燃料タンク交換です。

まず、逆ジャッキアップをして燃料ホースを外し、
携帯のタンクにガソリンを抜きます。

その後、タンクを固定している3つのネジを外し、
知恵の輪のごとくタンクを動かしていると、スコッと取れました。
ラッキーですね〜・・・・・
外れなければ金具を曲げて強引に外そうとしてましたから

で、・・・・・タンクを取りつけようとしたら、ボディの一部が出っ張っています。
たぶん組立時にこれに気づかずボディを載せたので、
タンクが押さえ付けられ、その後の振動で破損したと思われます。

一応、マイクロ課の方にクレームを出し、タンクの値引きを試みましたが
あっさりと却下されました。(爆

ボディの出っ張りを削り取らないとタンクが装着できないので、
ベルトサンダーを借りて、その部分を削り取ってしまいました。
取り付けも知恵の輪を駆使して装着完了です。

案外とあっさり交換出来ましたね!!

こちらは、同時進行のいっせき堂号の抱きつき補修です。

シリンダー、ピストンを取り外して点検しましたが、
初期の簡単な抱き付きだったために、
ピストンに入った浅い傷の部分だけを軽くペーパーで
修正しました。

あとはピストンの慣らしと、安全のために
1:100の混合ガソリンにして完了です。

  補修も終わり一息ついた所で、雑談の始まりです。

 

 

 

 

雑談も一段落したので、記念撮影を行うことに 工場のMITSUOKAの文字をバックに撮影開始です。
   
みなさん、場所変え、並び変えでベストな位置を探ります。

良い記念になりますね〜

初めてのMC−1の里帰りですので、貴重な写真となりました。

 

 

みなさんいい顔してますね〜

そうそう・・・・・・松浦さんが写真を送ってくれぇ〜と言っておりました。
みなさん、メールでは重すぎますので、CDにでも焼いて送ってあげてください。

送り先は・・・・・・・ちなみにわたし、横野工場の住所は知りません。W

 

ここで2つ目の裏話を!

今回のようなオフ会を光岡自動車さんも是非続けたいと希望されていましたが、
今度は迎え入れるだけではなくて、積極的に外に出て来て下さいとお願いしました。

実は、春と秋に尾張ジャイロの主催でサーキットオフが開催されるのですが、
そこにメーカーとして参加できませんか?と話を持ちかけたところ、
「それはおもしろいですね」となり、参加出来るように考えてみますとの返事をいただきました。

ノーマルクラスにタイプFやK4(タイプR)で参加いただくと、チューニングMC−1もたじたじになるかもしれませんし、
メーカーが負けでもしたら、次回から会長命令でワークスマシンを用意されるかもしれません。 ・・・ぎゃはは〜

とにかく、楽しいサーキットオフが更に楽しいものになるのは確実です。  

是非、秋のサーキットオフには参加してくださいね!    松浦さんがんばってね〜!! 会長たのみますよ〜〜!!

・・・・もしかしたら、新型MC−1?が展示されるかも・・・・・・・ボソッ

 

 

 

記念撮影は終わりましたが、いまだ雑談が続いております。

マイクロ課の方々も一日お付き合い頂き、ありがとうございます。


ただ、一部では堂々と仕事をさぼれる?ので、
たまにはこういう集いもいいですね〜との意見が・・・・・爆

会長! この日記見て怒ってはだめですよ!!

立ち話も疲れてきましたので、日陰に入って座りながら
雑談を続けております。

しかし、話題は尽きません。

そうこうしているうちに、時間は17時を回ってしまいました。

そろそろおいとましましょうか!

本日の泊まり組を残して、私とサスライさんは帰途に着きます。

   
帰ろうと車に乗り込んでいると、
サスライさんがえらい勢いで駆けてきて
カメラを持ち出し、また駆けていきます。

なにかいな〜と思ってゆっくり歩いて行くと
会長が雨蛙さんのピョン太号に乗っているではありませんか!

丁度のタイミングて戻って来られたようです。

試乗の後、ピョン太号を使って足回りの
チューニング講義がはじまりました。

なるほど、なるほどと私は聞いておりました。

もちろん帰宅後すぐに実践です。(爆

   
いよいよ話もおわり、解散かなと言うときに
いっせき堂号がトラブルでエンジンが掛かりません。

プラグのカブリかな?と言うことで
アクセル全開でセルを回しますが、一向に掛かる気配なし!

ここは、一発プラグ交換しかないと言うことで
ジャッキアップ状態で下からプラグを交換しました。

一発始動です。
やはり、抱き付いた時のプラグは再使用しては駄目ですね!

写真は作業を見守る、会長と最古参の社員の方です。
会長は光岡の歴史を知っているて、技術もすばらしい
大事な社員さんだと誉めておられました。

少しだけ雑談の後、解散です。

 

 

 

先に横野工場を出発する、サスライ号とトレーラーです。 だいぶ日が傾いてきましたね〜

光岡自動車さん、また来ますね!!

 

 

ここから下はオフ後の宿泊組の様子です。さすがに私がコメントを付けるのはむずかしいので、どなたかコメントください。

・・・・・・と募集したらいっせき堂さんよりコメントを頂けました。以下いっせき堂さんのコメントになります。

ミツオカの後、同じくアビーなどのミニカーメーカーである
タケオカ自動車工芸を見学させていただきました〜
工場店舗横の駐車場&スクラップ置き場での一コマ・・・
中では、新型アビー?置いてありましたよ(マル秘でしたっけ?)
宿泊翌日の朝〜MC−1軍団駐車場占拠の図(爆)
雨蛙さん、YATさん、帰路に向けて、整備に余念がありません。 通りすがりの人、皆さんが振り返る、お見合いジャッキアップ!(爆)
大阪組のYATさんを見送ったあと、
愛知組はR41で岐阜-飛騨山脈越えを目指します。
抱きつきトラブルから一夜明けた、いっせき号!
無事、愛知まで帰ることが出来るか!
富山で最後の給油!また来るぜ〜〜 順調に走る〜愛知軍団!
途中の道の駅でお土産を買い込む愛知軍団〜
しかしさすがに、ここに来て疲れが出てきたのか、
一度止まると、休憩が長い〜長い〜(笑)
昨日と違って、今日はいい天気だ〜山の空気がうまい〜^^
厳しい登りが続く、飛騨山脈!
ここに来て、雨蛙さん!たまらずWR交換!
ちゃぴぃさんもWR交換


このあとも、長い〜〜休憩&整備が2回程入り、
結局10時間以上かけて帰って来ました(汗)〜
無謀な岐阜越えルートでの富山ミツオカ工場遠征でしたが、
無事帰還することが出来ました〜

やり遂げた充実感で満腹!MC−1って素晴らしい!

 

 

 

ここから下はオフ前の愛知組の様子です。さすがに私がコメントを付けるのはむずかしいので、どなたかコメントください。

・・・・・・と募集したらいっせき堂さんよりコメントを頂けました。以下いっせき堂さんのコメントになります。

小雨降る中、7/14、23時に愛知を出発! 雨蛙さんが事前に下調べをしておいた、
24H営業のスタンドで1回目の給油
ちゃぴぃさんのミツオ号にトラブル!
雨のロングドライブで酷使しすぎたのかワイパーが外れた!
雨の暗闇で、懐中電灯をつけての復旧作業!
明け前、飛騨の山の給油所での一コマ!
こんな時間なのに、給油をしていたおねーチャンが親しげに話しかけてくる
〜さしもの愛知軍団も鼻の下を延ばしデレデレ状態で話し込む!
しかもこのねーちゃん「連絡下さいね!」って名刺まで渡してくるではないか!
ウホウホ!こりゃ〜脈ありかな〜でも誰!
やはり若手のちゃぴぃさんだろうなぁ〜っと雨蛙さんと話し込むいっせき堂(爆)

しかしこのねーちゃんの名刺の勤め先、ネットで調べたら、
かなり問題の多いアポイントセールスの会社らしい〜〜
やはり〜そう言うオチでしたか〜(滝汗)^^;
   
   
   
   

 

 

 

 

 

 

 

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